.hack//intervention 第一章 第一話
2009/06/18 21:29
前回話した妙な夢は、あれから一週間経った今でもしっかりと続いている。
現実世界で目を覚ましている間はこれまでとなんら変わりのない日常を過ごし、睡魔に誘われて眠りにつくと最早夢の産物だなんて思いたくても思えないような本物の『The World』での冒険……そのローテーション。
加えて授業がない時間帯にする昼寝や大学の授業中にしてしまう居眠りですら『The World』を体験する羽目になるもんだから、既に俺の生活の三分の一以上があっちに乗っ取られているような状態だ。
ある意味昼も夜も意識を持ち続けているわけだから、普通に考えたら頭がおかしくなっても不思議じゃない。
けれども何故か夢から覚めて現実で意識を取り戻した時には眠欲が満たされた感があるっていう、意味不明なご都合主義のおかげでそういう事態には陥ってない。
俺自身の楽観精神があんまりネガティブに考えないようにしてるってのもあるんだろう。
……というかぶっちゃけ、そういうの抜きにしても今じゃあんまりビビってなかったりする。
だって超のつく異常事態とはいえ、単に夢がおかしなことになってるだけで現実世界には何の影響もないし。
勿論これから� ��状況次第では現実世界に影響が出る可能性も十分あるから、ただのんびりしているわけにもいかないことくらいはわかってる。
それでも今回の原因が俺の生きる現実世界じゃなくて『The World』の方にある可能性が大な上に、もしそうなら無駄に急いだってしょうがないってこの一週間のうちに気づいちゃったからなぁ。
それに最初はともかく、時間が経てば経つほどビクビクオドオドするのにも慌てふためくのにも疲れちゃうってもんですよ。
人間ってそういうもんじゃない? え……俺だけですか?
まぁそういうわけで、俺は日々の異常事態をとりあえずは純粋に受け止めてるって感じかな。
そして『The World』、ひいては『.hack』についての資料を現実世界で買い漁り、夢世界では自身のPC関連の情報やこれからの指針を決めたってのがここ一週間の行動の概略。
ついでに言うと金銭的に大変なことになってるにも関わらず色んな店を駆け回ったのは、多分今日に至るまでの精神的苦痛ナンバーワン体験でした。
いくら異常事態に対する未来への備えだと言ったって、お札が一枚残らず消え去った財布は違う意味で未来への備えを失っているようにしか思えないんですよね。
もう少し現状に危機感を持ってたらこんな感情なんて湧かないものなんだろうか?
……そんな微妙な悲しみと共に得られた資料を基に定めた行動指針やら実際に『The World』を歩くうちに得られた情報やらは、これから俺自身の体験談に合わせてなるべく詳しく説明していこうと思う。
この一週間の中でわかったことも多いが、わからないこともまたかなりある。
そういうのをもう一度しっかりと俺の頭に叩き込むって意味でも、これはとっても重要なことなんだ。
そう、何より俺自身に何事もなくこの妙な夢生活を終わらせる為に……。
「…………だからあんまこっち見つめないで下さい。激しく集中力散ります」
「んぅ……………………みゅ」
「い、いや、"みゅ"とか言われても……………………ま、いいや」
つっても自分の為だけじゃなくてこの少女の為でもあったりするんだけどさ。
言葉も碌に話せずただ俺の前に座ってじっ とこっちを見つめ続ける少女が一体何者なのかとか、どうやって知り合ったのかとか、その他諸々についてもきちんと説明するから安心して欲しい。
言っとくけどあくまで"説明"ね。"懺悔"じゃないよ?
いくら相手が見た目年齢10歳の女の子だからって、妙な勘違いはしないように。
間違っても誑かして光源氏計画を立てようと思ってたりなんかしてないからっ!
……言ってるうちに下手な誤魔化しって気がしてきたから今の話はなしで。
…………そ、そろそろ真面目に説明を始めることにしようか。
.hack//intervention
さて、まず始めに二度目の夢世界を体験することになった一週間前のことから話そうか。
当時はまだ"寝ると『The World』を訪れる"なんて結論に半信半疑だったものの、それでも一度目の来訪時よりは現状に溜飲を下げていたつもりだ。
断定はできないけど、とりあえず暫定的な結論を仮定とした上で行動に出た……そんなところかな。
何もせずにただボーっとしてるより、何らかの目的を持って体を動かしていた方が精神的に落ち着くってのもあった気がする。
いくら楽観主義というか危機感の薄めな俺でも、精神自体は別に頑健だったわけじゃないし。
そんな心中でやってみようと思ったのは、つい数刻前にやろうと思っていた状況把握。
これからどうなるにせよ、面倒事の第一要因になりかねない未知ってのは排除しとくべきでしょ?
「もしここが本物の『The World』なら、やっぱり戦ってみた方がいいのかね〜?」
前回見たステータス画面が本物だとしたら、現在の俺は"バグPC"になりきってることになる。
そして仮にこのバグPCが例のバグモンスターと同じ特質を持っているのだとすれば、HP表示にバグが生じてる俺は常にHP無限っていうチート状態になっている可能性が高い。
それが少なくとも俺の知る『The World』の……『.hack』の世界におけるパターンだからね。
万が一ここが偶然に偶然の重なった上で生まれた俺自身の夢世界の続きでその法則が成り立たない場所であったとしても、その時はその時で流石に三連続で同じ夢を見ることはないだろうから良し。
唯一怖いのはステータスと自分自身がきちんと繋がってなくて、俺の体が生身だったりした場合くらいだ。
だからそれを確かめる為に、俺は未だそこら辺を右往左往しているゴブリンを使うことにした。
"…………ッ! グゥウゥッ!"
ある程度の距離をゆっくりと近づき、件のゴブリンが再び俺の存在を目視で認知し向かってくる。
こっちに向かってくる足の速さはそれなりなのに、あの攻撃の半端じゃないトロさを思い出すとほんの少し笑 える。
おそらく全くゲームをしたことのない初心者でも戦えるようにって考えての措置なんだろう。
俺だって最初にコイツが向かってきた時は、無駄にリアルな姿のせいで結構ビビッてしまったし。
……今はそれと別の意味でコイツが怖かったりするけど。
"……………………グォウッ!"
(だ、大丈夫だよなぁ……痛くなったりしないよなぁ……)
得物を振り上げ俺を攻撃しようとするゴブリンの攻撃を何度も避けつつ、実験を行う機会を伺う俺。
流石に5秒近く停止してくれるコイツの攻撃を避けるくらいなら俺にだって造作もないことだったが、それでも俺の緊張が解けることはない。
さっきの話を検証するのなら、試しにゴブリンの攻撃を受けてみてステータスを確認するだけでいい。< br/> これをすれば正真正銘のHP無限のバグPCなのかそうじゃないのかくらい簡単に確かめることができる。
バグPCであればいつまで攻撃を受けたところでステータスに変化はなし、ステータス表示だけがバグってる場合であれば瀕死状態に陥った時に何らかの形で警告が出てくる。
警告がでない可能性は、『The World』のみならずほとんどのRPGにおける法則を元にしているから問題ない筈。
そして同時に現在の俺の体が仮装世界『The World』上のPCなのか現実の生身なのかの確認でもあると言える。
前者であればHP無限のバグPCの可能性が大になってくれて、この世界を歩くのが楽になるだけじゃなく俺がこんな事態に陥った重要な鍵にもなってくれるに違いない
だけどこれで"実は生身でした"なんてことになったら……そう想像したらかなりの勇気が必要になるってもんでしょ。
だって相手は一応刃物持ちですよ?
生身だったら血が出たり痛かったりするかもしれないじゃないかっ!
極限に精巧でありながら人工臭がきちんと漂う服装や髪の毛を鑑みれば、俺の体が生身である可能性なんてそう高くないんだろうけど……それでも血は出なくとも痛みを感じる可能性はある。
確か『.hack』にもそういうキャラがいたようないなか� �たような、そんな覚えがあるような気がしなくもないし。
んなわけで俺は単純に求める結果を得るだけでなく、痛みが生じた際できる限りそれを抑える形で実験を成功させなくてはならない。
その為にまずはゴブリンの攻撃の軌道や距離をじっくり観察しつつ回避を繰り返し、それ等を見極めた後にそ〜っと体をその攻撃があたるギリギリまで寄せて被害を最小限に抑えようって考えた。
「そ、そろそろ試すか…………ま、マジで痛くありませんようにっ!」
あんまり長引かせるのもそれはそれで嫌だ。
そう思った俺はこっちを睨み付けるゴブリンと視線を合わせ、真正面に攻撃してもらえるよう調整。
続いて可能な限り体を縮こまらせて、右の二の腕をそっとそ〜っと予測軌道に近づける。
そしてタイミングよくゆっくりと振り下ろされる短剣。
体を縮ませて思わず目を瞑りかける俺……ってなんか言ってて恥ずかしくなってきた。
どうせ今回必要なのは実験結果の方だし、マイ黒歴史に分類される内容については敢えて削除させて下さいな。
それに結果を説明するならたった一言で済む。
「あは……あはは……全然効かねぇぜー……」
"オゥ……ゥウ……ォオ……"
「ったくこの野郎……散々ビビらせやがってっ!!」
言葉通り、痛みもなく余裕で無限HPを体験することができました。以上。
精神科医オーストラリア人種的うつ病のイスラム教徒
現在はついでにその湧き上がった復讐心に駆られて現在は武器なしの状態でポコポコ殴ってる真っ最中だったりする。
ダメージは数字が頭上に現れることで表示されるらしく、ゴブリンから俺へのダメージは4〜6で俺からゴブリンへのダメージは……一貫して1のままだ。
まぁバグのせいで武器も防具も全くない状態、更に元々のクラスが"呪紋使い"っていう他のRPGでの魔法使い的な存在だから当たり前っちゃ当たり前。
それに自分の体がPCだからか、どれだけ殴っても息切れはしないらしい。
つまりは有限HPな敵を倒そうと思えば倒せるわけで、"これから"を見据える上での最低条件は満たしているということ� ��もなる。
……武器や防具を装備するか巻物アイテムを使わないと呪紋が使えないっていうこのゲームのシステムのせいで、モンスターを倒す為にはダメージ1を何十回何百回繰り返さなきゃいけないっていうのが滅茶苦茶しんどいけどさ。
にしても相手のHPが数字じゃなくゲージでしか見れない分、やっぱり精神的負荷が高すぎるよ。
いくらこれまでのことでイラついてたからって、流石にダルくなってくるってもんだ。
「…………あ〜、どうせ、だし、他の、ことでも、調べて、おきますか」
"ゥウ……ウォ……ォウ……"
そこで左手をゴブリン殴りに費やしながら再びKIAIでステータス画面を起動。
久しぶり過ぎて忘れてることがほとんどではあるものの『.hack』のゲームシステムくらいは把 握していたので、その記憶と現状の差異を確かめておくことにした。
ステータス画面を都合よく俺の右手の前に現れたキーボードを使って操作、相変わらず続くゴブリンの攻撃でHP表示が毎回適当な数字や記号に変わるのを眺めつつ調査を開始。
そういやステータス画面も厳密に言えば『.hack』上のと違う点もあるし、情報整理の意味も含めて説明しとこうか。
あ、でもそうなると『The World』関連の話もしなきゃいけなくなるなぁ……ま、なるべく簡潔になるよう努力しよう。
俺が今いる世界がどうかはともかく、『.hack』における『The World』がネットゲームだってことは前に話したと思う。
オンラインであれオフラインであれゲームであるからには、ある一定のルールというか決められた世界観みたいなのが設定されてある。
『エリア』『ルートタウン』って言う二種類の冒険の舞台も、そういう設定の一つ。
『エリア』では、ここの草原のようなフィールドを敵を倒しながら突き進み地下へと繋がる入り口からダンジョンへ向かい、その最下層にある『アイテム神像』からアイテムをゲットするってのが主な流れ。
『ルートタウン』では、エリアでの冒険の為に他のPCとパーティを組んだりアイテムのトレードをしたりショップで買い物したりってのが主な流れ。
又、ここには『カオスゲート』と呼ばれるワープゲートもあり、それを介して� �索の舞台になるエリアへと飛ぶことができるようにもなっている。
後、現在エリアにいる俺がステータス画面で見ることができるのは、所持アイテムやPC情報やこのエリアに関する情報、そしてルートタウンに帰るコマンド『ゲートアウト』くらいだった筈。
ルートタウンに行けばパーティーを誘う為のコマンドが新たに追加され、ゲームを止める際に選択する『ログアウト』も同様に増える仕様となっている。
基本画面はPC情報、その横にあるコマンドを選択することでそこに重なる形で新しいウィンドウが現れるってのが『.hack』のステータス画面と微妙に違うところかな。
で、キーボードをカタカタしてそういった項目を弄るうちに得られた……いや気づいた新発見はというと、だ。
(ルートタウ ンいけないんですかい……)
『The World』において他のPCが最も多く集う場所であり、同時に情報を一番得やすいであろうルートタウン。
そこへ至る唯一の道であるゲートアウトのコマンドが見当たらなかったんだ。
というかゲートアウトだけじゃなくパーティ編成のコマンドもないところを見ると、エリアでの画面ともルートタウンでのそれとも異なる状態らしい。
しかも『カオスゲート』なんていうどう考えてもステータス画面には出てこなかったようなコマンドまであるんだから驚かないわけがない。
更に更にそのコマンドを選ぶとルートタウンで使うカオスゲートの役割、即ちフィールド選択の機能をしっかり備え付けられてるとか突っ込みどころ満載過ぎる。
う〜ん……これって予想外過ぎてもう反応に困っちゃうんですが?
� ��『The World』における冒険の出発点とも言えるルートタウンに行けないことを嘆くべき?
それともバグPCだとルートタウンで色々問題が起きそうだから、寧ろエリア間の移動ができることを喜ぶべき?
はたまたPCがバグってるとはいえこんな中途半端なご都合主義仕様が生まれてしまってることに突っ込むべき?
"……………………グフゥゥゥ……"
「あ、死んだ」
……ゴブリンもようやく死んでくれたようだし、一先ずこっちの調査は終了しとこうか。
自分のPC、ステータス画面、戦闘…………後は何を調べるべきかねぃ?
状況把握っていう当面の目的を進めるしかない俺は、とにかく意識を別方向に持っていくべく次なる対象を求め歩き始める。
現状が単なる夢である可能性を極普通� ��否定し始めてる自分の心からは敢えて目をそらしながら。
やがて見つけたのはフィールドに入り口が存在するダンジョンでした。まる。
この後はそれ程大きな発見もなく現実に戻る羽目になったから、一週間前について話せるのはこれくらいかな。
その日から同じ夢が繰り返されているうちにここが本物の『The World』であることをいい加減に認めるようになり、それからは最初に言った通り資料かき集めたり色々頭で考えながら今日この時に至るわけだ。
「むぅ……………………あぅっ!」
「ん? あぁ、心配しなくてもちゃんと君の事も説明するって」
「……………………んっ!」
んじゃ言葉通り、こっからは俺の胸のうちに生まれた行動指針やらこの子のことやらについての説明を始めるとしますかねぃ。
つか別に口に出してるわけじゃないのに、どして君はそういう反応ができるんでしょうか?
ひょっとして俺、気づかないうちに言葉飛ばしちゃってた?
……いやいや、流石に自分の口を動かしてることを自覚出来ない程鈍感じゃないって。
…………以心伝心(?)ってことで良しとし ますか、うん。
気を取り直して、体験談を兼ねた説明を再開しよう。
一週間かけてかき集め、他の娯楽を控えながら隅々まで調べ上げた『.hack』関連の資料。
勿論資料上の『The World』と俺が訪れるそこが全く同じ世界である可能性はかなり低いだろうから、とりあえずの目安として使う。
但し無駄に情報だけを仕入れても混乱するだけなんで、中心になるいくつかの柱を立てながら。
俺が柱として立てたのは大きく分けて三つの疑問。
もしこの『The World』が本物であるのなら、今が一体どの時代区分に入るのか?
ルートタウンに行くことのできない仕様のバグPCで出来ることはどの程度か?
そして何より俺がこんな世界に巻き込まれることになった理由・根源、及び正常な状態に戻るために必要な行動は何なのか?
以上三つの疑問を中心に調べた結果、第一の疑問については確信に近い推測を、第二の疑問についてはほぼ迷いのない確信を得ることが出来た。
第三の疑問については……せいぜい答えを得るのに必要ないくつかの要素って程度。
まだまだ始まったばかりとはいえ、途上段階にしては総合的に満足できる結果を得られたと言えなくもないと思う。
……あくまで俺の推測に間違いが"ほとんど"なければって条件が必須になるけど。
まず俺が今いるのが『.hack』におけるいつの時間軸に位置するのか。
一番手っ取り早いのは『.hack』の物語に出てくる登場人物と会えば、その登場人物の出てくる時代を調べるだけで良かったんだけど……これは却下というか不可能。
無数に存在するエリアの中で会えそうな場所を特定するのはかなり無理があるし、頼みのルートタウンには行くことすらかなわない。
それに仮にもバグPCな俺が下手にそういう人物と顔を合わせてしまうと、無駄に現状を変化させてしまいかねないから。
そこでやってみたのが『カオスゲート』のコマンドを使って手当たり次第に低レベルエリアに入りまくるって試み。
そうしてゲームを始めたばかりであろう初心者を適当に見つけ、何年何月何日かを直に聞こうと思ったんだ。
念の為に登場人物らしき影を見つけたら即座にその場を立ち去ろうという心構えを持ちつつ。
ちょっと無理矢理な感は否めなかったけど他に思いつける方法がなかったし、どうせ誰とも出会わなかったんだから結果オーライでしょ。
どっちかというと誰とも出会わなかったからこそ、一つの答えに辿り着けたともいえる。
いくら無限に近い数のエリアがあるといったって、初心者が最初に向かうだろうレベル1のエリアが何千何万とあるわけじゃない。
にもかかわらず数十種類のエリアを渡り歩いたのに誰とも会えないってのは、他のネットゲームならまだしも『The World』ではそうそう起こりえないんだ。
『.hack』の世界じゃそれまでに起きた色々な事件の関係で『The World』が全世界唯一のネットゲームになってて、それ相応のプレイヤーが存在していたらしいから。
誰も他のPCが存在しない『The World』における空白期間。
逆に言えば誰もこのゲームをすることが出来ない時期を調べればいいわけで、これは案外簡単に特定することが出来た。
『The World』がネットゲームとして全世界に出回る以前、且つ『The World』の前身であるネットゲーム『fragment』のサービス終了以降。
つまりは『The World』って名前のゲームがまだ公の場に出回っていない時期……はっきり言うなら『.hack』の長い物語が始まる以前の時代ってこと。
子供の肥満の定義
"『fragment』ってなんぞや"とか"なら何で『fragment』のサービスが始まる前じゃないの"とかいった疑問を抱く人もいるだろう。
『fragment』については俺にとって所詮過去の遺物だから、『The World』の原型になったネットゲームとだけ言っておく。
今が『The World』が始まる前と断定できるのは、『The World』と『fragment』では採用されているフィールド選択のシステムが少々異なっていて、俺が使えるのが前者のシステムだから。
『.hack』の物語が始まっていないってのは存外に嬉しかった。
中途半端に物語が進んでしまって何か重要な事件や登場人物が過ぎ去った状態だったらと思ったら、ね?
次に特殊な仕様という名の制約を受けた状態の俺に何が出来るのかっていう第二の疑問と、どうしてこうなってしまいこれからどうすればいいのかっていう第三の疑問。
これらの説明は俺が例の女の子と出会った経緯を語る過程の中でやっていきたい。
つーかぶっちゃけ……………………面倒なんですよ、こういう字面ばっかな説明役。
俺がこの身で体験した冒険談のついで程度の方が、聞く方も多少はく� ��びれないかもしれないじゃん?
"グゥオオォォオォォオォッ!!"
「ふ、ほ、は、……あと残り300だっけ?」
只今の俺は、如何にもって感じの石畳ダンジョンにて敵モンスターと素手で交戦中。
相手にしているのは大型のリザード族のダライゴン。
要は巷でいうドラゴンの一種でそのレベルは44、ネットゲームにしては中々に強敵だと言える奴だ。
それに対して肝心の俺はというと、あまりレベル上げというものに執着していなかった一週間のせいでたったの9という体たらく。
普通のRPGなら一撃で即死するのがせいぜいなレベル差だったが、俺はこれっぽっちも危機感を抱かず、俺の指どころか腕より大きそうな牙による噛み付きや俺の体全体を包み込む炎のブレスを完全に無視してひたすらポコ� �コ殴り続けていた。
もう言わなくていいかもしれないけど、俺のバグPCはHP無限だからレベル99の敵の攻撃を何年も受け続けたとて何の効果もなさない仕様。
だからいくら派手なエフェクトの攻撃であっても、俺にとっちゃ見た目的にちょっと……いや、結構怖いってだけだ。
とはいえ現実世界の資料によるとダライゴンのHPは3570、武器を持たずダメージを1しか与えられないせいで前日の夢終了直前くらいからずっと殴り続けなくちゃいけなかった。
で、さっき口で言ったように後300でようやく倒せるとこまで来たわけだ。
さて、レベル上げに執着してないって言った癖にどうして態々5倍近くのレベル差なモンスターと精神的に疲れる戦闘をしているのか?
こんな行動に出ることになった切欠は、この 世界が紛れもない現実だと認識した瞬間に沸きあがったとある疑問だった。
"この妙な夢は…………いつになったら終わる?"
どうしてこんな異常事態に巻き込まれたのか、その元凶が気にならないわけじゃない。
又、一見元凶を求めることと夢の終焉はイコールのように見えるがそうじゃない。
何より元凶に関しては現実世界の資料で目処のようなものは立てられたし、もしその存在が本当に元凶なら……ぶっちゃけ俺は何もしなくていいかもしれないんだよね。
俺が元凶と踏んでいるのは『The World』関連の事件のほぼ全てに関与している、ある大いなる存在……『モルガナ・モード・ゴン』。
『The World』における管理・運営を行う自律型プログラムであり、ある意味『The World』そのもの。
コイツがどういった経緯で関与していたか、どうして元凶と言えるのかの説明は敢えて省かせてもらう。
説明を始めちゃうと『.hack』の物語そのものを一から語らなくてはならなくなってしまうし、俺が自分から関わろうとしなくてもどうせ『.hack』の登場人物の一人によってやられちゃうわけだしね。
それに繰り返しになるけど俺にとって重要なのは元凶についてじゃなくて、夢がいつ終わるかの方なんだから。
もしこの元凶が倒され消滅することで終わってくれるのなら、俺は何もせずに『.hack』の物語が進んでいくのを傍観するだけでいい。
バグPCはどうだかわからないが、少なくともバグモンスターはモルガナによって生み出されたもの。
でもってバグモンスターはモルガナの消� ��と同時に消滅していたことから、俺のバグPCにもこの条件が当てはまる可能性は低くないだろう。
……………………でも、もしそうじゃなかったら?
例えば俺のPCが戦闘不能になって所謂ゲームオーバーって奴になるのが条件だったら?
もしそうなら俺が倒されるには『.hack』のゲームの主人公が持つ『データドレイン』ってスキルを使ってもらい、PCのデータを通常の値に書き換えてもらう必要がある。
そしてそれが出来るのはその主人公か、モルガナの化身であるとされる『八相』と呼ばれる特殊なバグモンスター達のみ。
コイツ等と戦えばデータドレイン自体はして貰えるだろう。
だけど実はこの方法、何気に危ない橋を渡らなきゃいけなかったりもする。
データドレインは元々デ� �タを改竄する機能を持っていて、それによってバグモンスターのデータが正常化するようになっている。
が、それはバグモンスターに対して使った場合の話で、このスキルを人間が扱うPCに使った場合……そのPCを使っていたプレイヤーの肉体は昏睡状態になり意識は『The World』に閉じ込められてしまうらしいんだ。
俺の体がバグPCっていうどっちつかずな存在だからどうなるかはわからないけれど、万が一後者が当てはまったりしたらやばすぎる。
法則通りなら俺の意識はこの世界に閉じ込められ、更に現実世界の肉体は原因不明の昏睡状態に陥ってしまう。
……例として挙げたのはいいけど、結局最終手段以外には使えそうにないか。
もし元凶の消滅が条件だとしたら『.hack』の物語が終わるまで、イコール今から三年間以上この状態を続けなくちゃならない。
それならもう少し早めに終わらせたいと思って思いついた案だったんだけどなぁ。
はっきり言ってこの件は答えが断定できない。
いや想像は幾らでもできるが、どれも正しそうで同時にどれも間違ってい� ��かもしれない。
一番可能性が高いのはさっき言った"モルガナが消滅すること"だと思うが、それじゃない可能性だって十分にありうるんだ。
大体、普通じゃ絶対にあり得ないことが現実に起きている以上、理論的な限定なんてしようがないじゃないか。
それにどんな物事にだって原因・動機があった上での結果・行動ってのが定石でしょ?
なら俺をこんな世界に巻き込んだ動機を持つ元凶の方から、なんらかの形で俺に接触してくることだって十二分にあり得ると思わない?
……大体、こんな異常事態に巻き込まれて"ただ傍観し続けること"が解決の条件とか都合が良すぎるって。
兎にも角にもたかだか一週間程度で断定するのは、情報量的にも考察量的にも無理がありすぎる。
そこで俺 は自分に出来ることを現実・夢の両方の世界で考えた結果、ある結論に達することとなった。
それは…………"エリア行商人"になること。
『The World』に関する情報を得る方法ってのは大きく分けて二つ。
一つはルートタウンに集う他のPCから、或いは時系列調べの時のように偶然出会うPCから話を聞くこと。
けれどもこれではそのPCが持つ情報しか得られないわけで、俺が欲しい情報のみをその方法で得るのには天文学的幸運が必要になってしまう。
それよりもう一つの『BBS』っていう皆が意見や情報を交換しあう掲示板を見るって方法の方がずっと情報量も多く確実だ。
とはいえこれを見ることができるのはあくまでゲーム外での話、所詮一人のPCに過ぎない俺が直接見ることは不可能。
そこで思いついたのが"エリア行商人"。
ちなみにこれは俺が独自に考え付いただけの、『.hack』の物語上には存在しない職業(?)だ。
現実世界でネッ� �ゲームをしたことがない俺でもそれなりにRPGはやったことがある。
その際に何度もやってしまったのが、準備不足の状態で強敵と遭遇してゲームオーバーってパターン。
そのせいでせっかくそれまでに手に入れたアイテムや経験値をふいにしてしまって何度泣いたことか……。
もしもあの時、もっと多めにアイテムを持っていれば。
そんな俺にとっての"if"的感情が生み出したのが"エリア行商人"なわけですよ。
様々な装備品やアイテムを可能な限り持って初級〜中級レベルのフィールドやダンジョンを渡り歩く。
するとある程度慣れてきたプレイヤーらしいミスをして、大ピンチのところに遭遇。
主に回復アイテムが足りなくなったり敵が予想以上に強かったり。
そこでエリア行商� �である俺が現れ、足りなくなった回復アイテムやダンジョン脱出アイテム、それにちょっと高めの装備品等を無料で提供。
相手にはその代わりにBBSでの最新情報やルートタウンでの話題等を教えてもらう。
金じゃなく情報を貰ってアイテムを売るエリア限定の行商人……それがエリア行商人なのさっ!
"ゲーム"として『The World』をプレイしてる側の人間からすれば、そういう誰でも見ることの出来る情報との交換なんて割が合わないと不審に感じるかもしれない。
そういう時は"こういう遊び方をする為に敢えて見ないようにしている"とか何とか言えばいい。
一人で遊ぶテレビゲームですら色んな遊び方があるんだ、ましてやここは世界中の人間が集う『The World』。
そういう縛りプレイみたいなことをやる人間がいたところで、単なる変わった人間の一人でしかないと思うに違いない。
確かネットゲームでは『ロールプレイ』って呼ばれるなりきりプレイがあるんじゃなかったっけ?
そうやって情報を得た先に何をするかは、エリア行商人としての成果次第。
やがて『.hack』の物語がこの『The World』でも起こるのであれば、登場人物達も物語に沿って動きだす。
BBS・ルートタウンの情報、登場人物の行動、現実世界の『.hack』情報。
その全てを把握し吟味しながら…………俺は少しでも早く手に入れてみせる。
この異常事態をとても不思議でちょっと面白かった"思い出"にしてしまえるような、一週間前と何ら変わりのない平々凡々な日々を。
"ガアァアァァアアァァッ!!"
「え〜っと残り40…………あれ、30だっけ?」
グリーン、ノースカロライナ州の減量クリニック
最初の問いの話に戻ると、俺はエリア行商人になる為に必要なアイテムや装備品を集めてる真っ最中ってのがその答えになる。
『The World』がまだ発表されていない現段階において、俺よりゲームを進められるプレイヤーは誰も存在し得ない。
だから俺が持っておきたいのは低レベルでも手に入れられるような価値の低いものじゃなくて、他の人がなかなか持ち得ない高レベルの装備品や高性能の回復アイテム、ダンジョンの最奥にあるアイテム神像で手に入れられるレアアイテム等。
時間をかければいくらでも行商人としての商品を手に入れられる、HP無限のバグPCならではの荒業。
唯一この荒業に弱点があるとすれば、手に入れた装備品を装備できないらしいこのPCの仕様のせいで、最初の頃と変わらず素手による1ダメージしか与えられないことくらい。
それもこういった高レベルダンジョンの所々に落ちている強力な巻物、つまり呪紋代わりの アイテムを使えば解決出来る。
仮にも元々の職業は呪紋使い、このやり方でレベルをどんどん上げていけば打撃と違って威力に期待できるだろうしね。
勿論エリア行商人として扱う商品にも出来るから、そう無駄遣いは出来ないけどさ。
それにダメージ1の繰り返し作業も、しばらくなら楽しめそうな感じだったりする。
「そいや、てや、はいや、ちょいや……残り5…………多分っ!」
"グォオゥ……ガアァァアアッ!!"
この体は肉体的に疲れることのない仮想世界のもの。
ついでに最近になって現実の体よりずっと俺の感覚通りに動かせることがわかったもんで、モンスターを倒す間際になると偶に遊び心で曲芸染みた攻撃をやってみたくなるんだ。
始まりは手でも足でも頭突きですらも� ��メージ1の攻撃になってくれるってわかった瞬間。
ほら、やっぱ俺にもかつては回し蹴りとかサマーソルトみたいなカッコイイ技に憧れていた時期があったんですよ。
現実世界じゃ無駄に力んでずっこける有様だったけど、それがこの仮想世界じゃ結構余裕で出来ちゃうから面白い。
「んじゃとどめの一発…………そいやっさぁっ!!」
"オォォォォン……"
今日のとどめは、高く飛び上がってくるくる縦に回転しながらのかかと落とし。
"今日は"その攻撃がきちんとダライゴンの頭上に命中し、まるで修練しきった格闘家のように音もなく綺麗に着地することができた。
物悲しい雄たけびを上げつつ消滅していくダライゴンを眺めつつ、ようやく終わったことへの疲労感と失敗せずに技をきめら� ��たことへの安心感からホッと一息。
ちなみに今日以外はどうだったかについては黙秘権を行使させていただきます。
よし、後はアイテム神像まで一直線に向かうだけだ。
マップ探索アイテム『妖精のオーブ』を使ってこのダンジョンの構造は既に把握済みだから間違いない。
あ、そういやマップが見れるようになったことは言ってなかったっけ?
一週間前はマップの存在をすっかり忘れてたから出せなかっただけで、ステータス画面と同じくKIAIで出せたんだよね。
それじゃ、レア度の高いアイテムがあることを願いつつ行くとしますかねぃ。
そして到着しました、アイテム神像が奥に控える仰々しい扉の前に。
そしてそして開けました、"そういや今って結局何年何月何日?"とか考え ながら扉を。
そしてそしてそして見つけました、扉以上に仰々しい魚の神様みたいな造形のアイテム神像を。
……ついでに余計なものまで見つけちゃいましたよ、奥さん。
「……………………えー……あー…………んと……」
頭の片端にすら予想してなくて呆ける俺の視界に映ったのは、宝箱の上にふわふわ浮かぶ小さな女の子だった。
腰まで伸びた漆黒の髪には緩やかなウェーブ。
着ている服はこれまた"真っ黒"って言葉がそのまま似合うようなワンピースっぽい感じの服。
なのに肌は透き通るように白くて周りとのギャップのせいか、光っているような印象すら受ける。
なんというかよく知らないけど……フランス人形みたいな(?)そんな正体不明の女の子。
(『The World』の公式発表がまだな筈だし、そもそも宙に浮くPCなんて普通はいない筈。
残った選択肢はNPC……予め『The World』の住人として作られたプレイヤーのいないPCしかない。
となるとこれって…………イベント用のキャラか何か?)
「…………………………………………んゅ?」
「っておわっ!? 近っ!? つか何でいつの間に……」
別にあっちから近づいてきたんじゃなくて、グダグダ考えながら無意識のうちに自分から近づいちゃってたわけですがね。
あーいや、厳密に言えば完全に無意識だったってわけじゃないことは認めます。
万が一PCなのだとすれば、下手をすると俺のこれまでの予想が外れていることを意味してしまう。
だけどイベント用のNPCなら……うんにゃ、今回は御託並べてもしょうがないか。
断言しよう…………俺はこの子にむっちゃ興味を惹かれてたんだ。
だって仮にもこの世� �に来てから初めての人型なんだよ?
正直言って、PCだったらとかNPCだったらとかどうでも良かった。
ちょっとだけでいいから話してみたい、本当にただそれだけだったと思う。
……それにどこかで見たことがあるようなないような、そんな気がしてならなかったんだよなぁ。
最初は俺と彼女の距離が開いていたせいで気づかなかったが、女の子の背丈はかなり小さい。
大体俺の腰に届くか届かないかってところかな?
立った状態で宝箱の上に浮いているこの子と地面に普通に立っている俺との視線がちょうど地面と平行になってる感じ。
こっちを不思議そうにじっと見つめるあどけない表情の女の子……ちょ、ちょっと何か恥ずかしいんで適当に話しかけてみようか。
「え、えと…………… ………こ、こんにちはっ!」
「……………………んぅ?」
「き、君はどうしてこんなとこにいるんです……い、いるんだ?」
「……………………あぅ」
「あ、も、もしかして君が今回の宝物でお持ち帰……………………いえ何でもないです、はい」
「……………………にゅふぅ」
……………………頼むから何も言わないでくれ。
い、いやさ、これはしょうがないことなんだよっ!
この子が無駄に端正な顔つきしてる上に、自分より一回り以上年下っぽい女の子とどう接すればいいかわかんなかったんだからさっ!
む、無駄にリアル感がありすぎな『The World』が悪いんだよっ!
……ああそうだよ、どうせアホな言い訳だよ……なんか文句あっかゴルァッ!!
…………ってこれ以上は口にするだけむなしいからもう止めよう。
冷静に、冷静に……な、俺?
「さ、さて…………もう一度聞くけど、君はどうしてここに?」
「…………あぅ…………くゅ……」
「…………ってこりゃてんで話になりそうにないか」
まぁさっきから赤ん坊みたいな声しか出してこなかったから、そんな気はしてたけどね。
プレイヤーのいるPCじゃないNPCだってことだけは確かだと思う。
普通に考えて一応PCの姿をしている俺と出会ったら、流石に言葉くらいは使う筈。
そりゃそういうロールプレイって可能性がないわけじゃ……やっぱあり得ないでしょ。
� �何かきちんとした根拠らしい根拠はなくとも、出会った当初からずっと胸のうちにある妙な既視感がそれを否定してるんだ。
別に以前にどこかで会ったとか、現実世界で直接聞いた声だとかとは違う。
写真か映像か絵か、それも昔と呼べるような昔じゃなくて結構最近だったような。
……………………あれ?
よく考えりゃこの子の服と髪の毛を真っ白にしてもう少し成長させたら?
「あー……アウラ「ッ!? うぅぅぅぅッ!!」うわ、ちょ、待った待ったっ!!」
心当たりっぽい人物名を呟いてみたら、何かむっちゃ怒られてしまった。
眼を思いっきり尖らせて冗談抜きな本気で睨み付けてくるその表情は、どっちかと言うと怒るってより憎んでるって感じのもの。
その迫力は寸前まで の幼さが嘘のような、仮想世界どころか現実世界の19年間ですら一度も味わったことのないような激しさを内包してて思わず本気で"ひぃ"とか言いそうになったくらいだ。
(しかしアウラ…………この世界の"女神様"か)
女の子の憤りに少々びびりつつも、俺は考える。
『.hack』における物語は三年間以上続いているが、正確には数作の小さな物語が連なることで一つの大きな物語となっている。
それぞれの物語毎に登場人物のほとんどが一新されるんだが、このアウラって少女はどの物語でも重要な鍵的なポジションに位置しているんだ。
ある意味、アウラが誕生し成長し『The World』の女神様へと至る道を記したのが『.hack』の物語といっても過言じゃないだろう。
ちなみにアウラはPCじゃなくNPCでもなく、人間が操っていないのに搭載されたAIがまるで本物の人間のように自ら考え行動するっていう『放浪AI』と呼ばれる分類の存在だったと思う。
無論、女神様になっちゃうとそんな人間とNPCの中間位置的な存在次元からは逸脱しちゃうんだろうけど。
んじゃ、そんな女神様候補なアウラの名前を知っていて尚且つ思いっきり負の方向に反応してくるこの子は一体何者なのか?
俺の予想通りなら現在はまだ物語は始まってすらいないから、アウラ自身は誕生してすらしていない筈。
予想が外れてしまってた場合でも、アウラの存在は物語の登場人物以外に知られることなどなかった筈。
……となると、俺の記憶と脳みそで思いつくこの子の正体は一通りしかない。
(……ハロルドが創った…………アウラの失敗作?)
「んぅぅうううぅっ! んぅうううううぅっ!!」
「え、ちょ、口に出してないのに何でタイミング良く反応すんだよっ!?
とととにかく落ち着いて、な、な、な……ってうわ叩いちゃ駄目だってっ!!」
言っとくが無意識のうちに口走ってた、なんて展開じゃないぞ、断じてっ!
下手なことを言ってこれ以上怒らせまいと、それなりに注意してこの子と相対してたんだから。
もしや俺の心の言葉を読んでいるとか……マジでそうなのかっ!?
つーか、そんなこと置いといて早く何とかしたいんですけどっ!?
容姿相応の可愛らしいポカポカ殴りとかとはまるで違う、両手の拳を握り締め力の限りに振り下ろす憎しみたっぷり殴りが俺の精神に物凄い苦痛を与えちゃってるんですよっ!
そりゃ自分にとってのトラウマに近いNGワードを言われたんだから仕方ないだろうけどさ……罪悪感に押し潰されそうです、はい。
ハロルド、本名『ハロルド=ヒューイック』はこの世界の前身『fragment』の開発者。
この男は元々"究極AI"とやらの開発をしてたんだが、一度は挫折して研究を止めてしまう。
しかしある事をきっかけに再び研究を再開、『fragment』を揺り籠に究極AIを創ることになる。
それ� �後にこの世界の女神となる少女アウラだった。
だが当然ながらその創造の過程には様々な難関・困難が待ち受けており、その中で生まれたのがアウラの"失敗作"と呼ばれる者達。
ある意味親から見捨てられたとも言えるコイツ等は、究極AIの創造途上で生まれた為にただプログラムされた通りのことのみをするNPCとは一線を画す存在となった。
ゲームの製作者側の意図とは異なる行動を取ることができるものの、本来の存在意義は創造主自身により否定されてしまったが故に目的もなく『The World』を歩くしかない。
プレイヤーからもゲーム製作者側からも干渉できない『The World』の放浪者……だからそういう連中のことを総じて『放浪AI』と呼ぶんだ。
……微妙な気分でも説明は忘れない俺って人としてどうなんだろう?
「ストップストップッ! マジで落ち着いてってばっ!
じゃないと大事な話をしたくてもできないでしょうがっ!」
「うぃ」
「…………って切り替わり早っ!?」
わからない……この子の思考回路がまるでわからない。
いきなりこっちの言葉に反応して怒り出したかと思えば、今度は完全に切欠なしで出会った時の不思議表情に逆戻りですか。
それに自分からはまともに喋れないのに、俺の言葉どころか俺の心の中身すら理解できてしまいかねない程の聞き上手(?)ときたもんだ。
これはアウラの失敗作だからこそのアンバランス感なのか…… ……あ、ちょ、聞こえてないよね? ね?
ま、まぁ何はともあれこれでようやくまともな会話が出来そうだし、下手なこと考えてまた暴れられるのも困るし、これ以上は気にしないようにしよう。
……それにこれから話す内容がこの子にとって重要だろうことは間違いないわけだし。
「コホン……えと、君が何者かについてはもう言わないから安心して。
そんなことより君にはこれから注意してもらいたいことがあるんだ」
「……………………あぅ?」
相変わらず一貫して不思議そうな表情を変えないこの子が、本当に今から俺が言うことを理解できるんだろうか?
そういう不安は無きにしも非ずだったけど、この子が放浪AIであるのだとすれば曲がりなりにも『The World』の裏事情を知っている一人として伝えておきたいことがあった。
もしかしたら無駄になるかもしれない、それでもこの子の為に伝えておくべきだろう忠告。
こんなとこでボーっとしてたことから察するに、この子は放浪AIな上に誰かが近くにいそうにもない。
PCでもNPCでもない放浪AIってのは、言わば俺と同様にバグPC的な扱いになる。
そんな奴が意味も無くウロウロなんてしてたら、いずれ必ずシステム管理者側に排除されてしまう。
現実世界にて『The World』を提供し管理する側からすれば、バグなんて存在はプレイヤーとの信頼に関わる問題だろうしね。
俺の場合はデータドレインって特殊なスキルを使われない限りは安全っていう保障があるから一応は大丈夫。
しかし放浪AIの場合はシステム管理者側が排除手段をしっかり所持してるから、連中に放浪AIと認識された時点でデータごと抹消されかねないんだ。
「この世界には君を消したがってる、ちょっとばかりたちの悪い連中がいる。
それが誰だとかどういう奴等かとかはわかってないが、とにかくいることだけは確かなんだ」
「…………うー…………んゅ……」
「だから君は"ある人物"か"ある場所"を探さなくちゃいけない。
"ある人物"ってのは……ってちゃんと聞いてる? 聞いてくれて る?」
「むぬ…………にゅ…………んぅ……」
「いやいやっ! 何でいきなり人の服脱がそうとするんだよっ!?
な、頼むから俺の話を聞いてってっ! 君の話なんだぞっ!?」
…………駄目だこの子…………てんで話を聞いちゃいない。
アウラ関連だったらすぐに反応した癖に、それ以外は完全に無視ですか?
というかそれ以前に何故俺の服を脱がそうとするっ!?
いいいいっておくがな、おおおお俺に十歳以上年下の相手とそんな関係になる趣味なんて…………いやいやいやいやこの子はAIだからっ!!
…………………………………………冗談で慌ててる場合じゃないか。
この子に対して俺が今から取りうる選択肢は二つ。
一つはこの子を放置してエリアから離脱してしま� �こと。
元々ここにはエリア行商人になる為に必要なアイテムを取りにきただけだ。
だからアイテム神像に安置されている宝箱からアイテムをゲットしさえすれば、俺の本来の仕事は終了する。
もしこの子が邪魔してくるのであれば、最悪今回は諦めて他の場所にいくしかない。
なんとなくだけどこの子といると余計な面倒事に巻き込まれそうな予感がするし、人の話を聞かないこの子がどうなろうと最早俺の責任じゃないでしょ。
もう一つはとりあえずこの子を俺と一緒に行動させて、色んな脅威から守ってやること。
人並の良心を持ってるつもりな俺としては、せっかく初めて出会えた自分以外の話し相手をシステム管理者達に抹消されてしまうことに呵責を禁じえない。
なら自身の持つ『.hack 』の知識を応用し、放浪AIであるこの子を安全な場所に移してあげればいい。
幸い時期はともかく術であれば既に知っているし、その術の対象たる"彼女"は必ずやこの子を受け入れてくれるに違いない。
何せ失敗作とはいえこの子はアウラの原型の一人だからね。
この子を放置するなら、多少の良心の呵責にさえ我慢すれば後は本来の予定通りの行動を再開することができるようになるだろう。
この子をここから連れ出すなら、多少の自己満足を得られる代わりに様々な面倒事を抱えることになる可能性が高い。
自分の"心"を取るか、それとも自分の"利益"を取るかの選択。
予め断言しておくけど、現在の俺の第一目標は"少しでも早くこの異常事態から脱すること"だ。
たとえ危機感が� �くて優柔不断な俺にだって、その目標以外のことに目を向けてる余裕なんてないことくらいは自覚しているつもり。
自分の服にかけられた女の子の手を解き、気持ちを再度落ち着けて真剣な眼差しを彼女に向ける。
心か利益か…………そんな選択を迫られた瞬間に俺の意思は決まったも同然だった。
「…………俺の話が聞けないのならしょうがないよな?」
「……………………あぅ?」
そして俺は俺の意思の導くままに行動することにした。
所詮、今の俺にとって何よりも大切なのは……あくまで第一目標に決めたことのみ。
生憎と俺はそれ以外のこともどうにかできるだなんて思えるような、自分の能力に対する自負も持ち合わせちゃいない。
…………だから俺は。
………………� �………………………
………………………………
……………………
とまぁこういう経緯で俺はこの子『シェリル』と出会い、共に『The World』を歩くことになったのでした。まる。
え? 話の流れと実際の結果が噛み合ってないじゃないかって?
まぁそこは敢えて気にしない方向で一つってのは…………駄目なんだろうなぁ。
いや当初はそのまま離脱してしまおうと思ってたんですよ?
でもあの後に色々ありましてですね、はい。本当に色々。
その"色々"に関しての詳細は絶対に説明しない予定ですのでご了承下さい。
いくら脅されてもこればかりは無理、俺が自分の羞恥心に潰されちゃうから……ホント勘弁して。
「……………………みゅふぅ」
「やれやれ……君はのんきでいいですなぁ」
兎にも角にも、これから俺は単純に俺の為だけじゃなくシェリルの為にも行動しなくちゃいけなくなったわけだ。
俺自身� ��目的である異常事態からの脱却と、シェリルの為に行うこの子の安全の確保。
そのどちらにおいてもエリア行商人として情報を集めていくことは、必ずや俺にとって有益なものとなるだろう。
後はどうか俺の予想通りの展開が待ち受けていることを祈りつつ、やるべきことをやるだけ。
シェリルっていう不確定要素が加わったせいで、その"予想通りの展開"って奴を組みなおさなくちゃいけなくなったのは面倒だけど仕方がない。
平々凡々な生活に埋没してきた俺も、背負うことになった責任を一つくらいなら余分に頑張れるような気がしなくもないしね。
自分以外のことに構ってられないとかほんの少し前に言っちゃった気がしなくもないけど、気にしちゃいけませんぜ?
……ま、せいぜいやれ� ��だけのことをやってみせるさ。
「よし、そろそろ次のエリアにいくとしようか……シェリル」
「うぃっ!」
それに一人の時とは違った"楽しさ"ってのを堪能するのも『The World』の歩き方って奴だとは思わない?
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