2012年4月22日日曜日

うつ病性障害: 気分障害: メルクマニュアル18版 日本語版


うつ病性障害は,機能が妨げられるほど重症の,または持続的な悲しみと,ときに活動への関心や喜びが低下することにより特徴づけられる。正確な原因は不明だが,おそらくは遺伝,神経伝達物質濃度の変化,神経内分泌機能の変化,および心理社会的要因が関与すると思われる。 診断は病歴に基づいて行う。治療は通常,薬物療法,精神療法,またはその両方と,場合によっては電気痙攣療法からなる。

うつ病という用語はしばしば数種類のうつ病性障害のいずれかを指すのに用いられる。精神疾患の診断・統計マニュアル第4版(DSM-IV)では,特異的症状により3群に分類されている:すなわち,大うつ病性障害(しばしば大うつ病と呼ばれる),気分変調,および特定不能のうつ病性障害である。これ以外に,病因によって2種類が分類されている:すなわち,一般身体疾患によるうつ病性障害と物質誘発性うつ病性障害である。

うつ病性障害はどの年齢でも起こるが,典型的には10代半ば,20代,30代に発症する。プライマリケアの現場では,30%もの患者が抑うつ症状を訴えるが,大うつ病を有するのは10%未満である。

抑うつという用語はしばしば,失望や喪失からもたらされる低調な,落胆した気分を表すのに用いられる。しかしながら,そうした気分をより適切に示す用語は意気消沈である。抑うつとは異なり,意気消沈の否定的感情は環境や事象が改善すると解消する;低調な気分は通常,何週間あるいは何カ月間というよりはむしろ何日間か持続し,自殺念慮や長期に及ぶ機能喪失の可能性はほとんどない。

病因

正確な原因は不明である。遺伝が果たす役割は明らかではないが,うつ病患者の第1度近親者にはうつ病が一般的にみられ,一卵性双生児間の一致率は高い。遺伝性のセロトニントランスポーター遺伝子多型の脳内における活性化は,ストレスにより惹起されると考えられる。小児虐待の病歴やその他重要な生活上のストレスがあり,このトランスポーターを発現する短い対立遺伝子をもつ人は,長い対立遺伝子をもつ人に比べてうつ病を発症する可能性が約2倍高い。

他の理論では,コリン作動性,カテコールアミン作動性(ノルアドレナリン作動性またはドパミン作動性),およびセロトニン作動性(5-ヒドロキシトリプタミン)神経伝達の異常制御など,神経伝達物質濃度の変化に焦点が当てられている。神経内分泌の脱制御が要因となっている可能性もあり,特に3つの軸が重要視されている:すなわち,視床下部-下垂体-副腎,視床下部-下垂体-甲状腺,および成長ホルモンである。

心理社会的要因も関与していると思われる。大うつ病のエピソードには,重大な生活上のストレス,特に離別および喪失が先行することが多い;しかしながら,気分障害の素因をもつ人々を除き,通常そのような事象により持続的で重度のうつ病が生じることはない。

大うつ病のエピソードを一度経験した人は,その後もエピソードを発現するリスクが高い。内向的で不安傾向をもつ人はうつ病性障害を発症しやすいと思われる。こうした人々は,生活上の圧力に適応する社会的技能がしばしば欠けている。うつ病は,他の精神疾患を有する人にも発症することがある。

リスクは女性の方が高いが,その理由を説明する理論はない。考えられる要因として,女性は日常のストレスにより多く曝されている,またはストレスに対してより強い反応を示す,モノアミン酸化酵素(気分に重要な働きをすると考えられる神経伝達物質の分解酵素)の濃度が高い,および月経および閉経に伴う内分泌の変化などが挙げられる。分娩後うつ病(産後の管理: 病院における管理を参照 )では,症状は出産後4週間以内に発現する;内分泌の変化が関係するとされてきたが,具体的な原因は不明である。また,女性の方が甲状腺機能の調節異常が多くみられる。

季節性感情障害では,症状は季節性のパターンをとり,秋または冬に発現するのが典型である;この障害は長く厳しい冬の気候の中で起こる傾向がある。抑うつ症状またはうつ病性障害は,甲状腺および副腎障害,良性および悪性の脳腫瘍,卒中,AIDS,パーキンソン病,多発性硬化症といった種々の身体疾患とともに起こることがある( 気分障害: 抑うつ症状および躁症状のいくつかの原因表 1: を参照)。 コルチコステロイド,一部のβ遮断薬,抗精神病薬(特に高齢者),レセルピンなど,ある種の薬物もうつ病性障害を引き起こす可能性がある。気晴らしに用いられるある種の薬物(例,アルコール,アンフェタミン)の乱用によりうつ病が生じたり,うつ病に伴って乱用が起こることがある。薬物の毒性作用または中断が,一時的な抑うつ症状を引き起こすこともある。

表 1

抑うつ症状および躁症状のいくつかの原因

障害の種類

抑うつ

結合組織

全身性エリテマトーデス(SLE)

リウマチ熱

全身性エリテマトーデス(SLE)

内分泌

アジソン病

クッシング病

糖尿病

副甲状腺機能亢進症

甲状腺機能亢進症および低下症

下垂体機能低下症

甲状腺機能亢進症

感染性

AIDS

進行麻痺(実質性神経梅毒)

インフルエンザ

伝染性単核球症

結核

ウイルス性肝炎

ウイルス性肺炎

AIDS

進行麻痺

インフルエンザ

セントルイス脳炎

腫瘍性

膵頭癌

播種性癌腫症


いびきを防止するために、眠っている位置
 

神経学的

脳腫瘍

複雑部分発作(側頭葉)

頭部外傷

多発性硬化症

パーキンソン病

睡眠時無呼吸

卒中(左前頭葉)

複雑部分発作(側頭葉)

間脳腫瘍

頭部外傷

ハンチントン舞踏病

多発性硬化症

卒中

栄養性

ペラグラ

悪性貧血

 

その他*

冠動脈疾患

線維筋痛

腎不全または肝不全

 

薬理学的

アンフェタミン離脱

アムホテリシンB

抗コリンエステラーゼ殺虫薬

バルビツレート

シメチジン

コルチコステロイド

サイクロセリン

インドメタシン

水銀

メトクロプラミド

フェノチアジン

レセルピン

タリウム

ビンブラスチン

ビンクリスチン

アンフェタミン

ある種の抗うつ薬

ブロモクリプチン

コカイン

コルチコステロイド

レボドパ

メチルフェニデート

交感神経作用薬

精神的

アルコール症および他の物質使用障害

反社会性人格

早期の認知症

統合失調症

 

*抑うつはこれらの障害との関連性が高いが,因果関係は確立されていない。

症状と徴候

うつ病は抑うつ気分に加えて,認知,精神運動,その他の種類の機能不全(例,集中力低下,疲労,性欲の喪失,月経異常)も引き起こす。他の精神症状や精神疾患(例,不安およびパニック発作)が共存することも多く,診断と治療が複雑になることがある。あらゆる型のうつ病患者は,睡眠障害や不安症状を自分で治そうとして,アルコールや気晴らしに用いる他の薬物を乱用する可能性が高い;しかしながら,うつ病はかつて考えられていたほどにはアルコール症および薬物乱用の一般的な原因ではない。また患者はヘビースモーカーになり,自分の健康を無視することも多く,他の疾患(例,COPD)の発現や進行のリスクが高くなる。うつ病は防御免疫反応を低下させることがある。うつ病では,サイトカインおよび血液凝固促進因 子が放出されるため,心筋梗塞や卒中のリスクが高くなる。

大うつ病(単極性障害): 精神症状または身体症状を5つ以上含む期間(エピソード)が2週間以上持続する場合は大うつ病に分類される。症状は,失望落胆または絶望(しばしば抑うつ気分と呼ばれる)と呼ぶに足る深い悲しみ,または通常の活動における関心や喜びの喪失(無快感症)を含んでいなければならない。その他の精神症状としては,無価値観や罪悪感,死や自殺について繰り返し考えること,集中力の減退,ときに激越などがある。身体症状には,体重や食欲の変化,エネルギーの喪失,疲労,精神運動遅滞または激越,睡眠障害(不眠,過眠,早朝覚醒)などがある。患者はみじめな様子で,涙ぐんだ目をし,眉間にしわをよせ,口の端をへの字にまげ,前かがみの姿勢をとり,視線をほとんど合わせず,表情がなく,身体の動きがほとんどなく,� �し方が変化する(例,弱々しい声,韻律の欠如,単音節の言葉を使う)などの状態を示す。外見上,パーキンソン病と混同されることもある。一部の患者では,涙が枯れるほど抑うつ気分が深く,普通の感情を経験することができず,世界が色褪せ生気がなくなってしまったように感じると報告する。栄養状態は大きく損なわれ,直ちに治療が必要な場合もある。一部のうつ病患者は,身体を清潔にすることをしなくなり,子供たちや自分が愛する人たち,ペットさえもおろそかにする。

大うつ病はしばしば複数のサブグループに分類される。精神病性の一群は妄想を特徴とするが,しばしばその内容は,許されない過失や罪を犯したというもの,不治の病や恥ずべき病に冒されているというもの,あるいは迫害されているというものなどである。幻聴や幻視が認められることもある(例,自分を責めたり非難したりする声)。緊張病性の一群は,重度の精神運動遅滞または過剰な無目的の活動,ひきこもり,また患者によってはしかめ面と言語の模倣(反響言語)または行動の模倣(反響動作)によって特徴づけられる。メランコリーの一群は,ほとんど全ての活動における喜びの喪失,快い刺激に対する反応不能,情動表出の変化の欠如,過剰または不適切な罪悪感,早朝覚醒,顕著な精神運動遅滞または激越,および著� ��い無食欲または体重減少により特徴づけられる。非定型の一群は,いいことがあると晴れやかな気分になることと拒絶に対する敏感さを特徴とし,非難や拒絶を感じると過剰な抑うつ反応を示し,どんよりとした無気力状態やアネルギー,体重増加や食欲増進,過眠が起こる。

気分変調: 低レベルまたは閾値下の抑うつ症状は気分変調に分類される。症状は青年期に潜行性に始まるのが典型的で,何年あるいは何十年にもわたって軽症の経過をたどる(診断には2年以上の経過を要する);気分変調では,間欠的に大うつ病エピソードが併発することがある。患者は常に陰うつ,悲観的でユーモアがなく,受身で無気力,内向的で自分や他人を酷評し,愚痴が多い。

特定不能(NOS)のうつ病: 他のうつ病性障害の基準を満たさない症状群は特定不能(NOS)のうつ病に分類される。例えば,小うつ病性障害では大うつ病の症状のいずれかが2週間以上持続するが,大うつ病の診断に必要な5症状よりは少ないことがある。短期うつ病性障害は,大うつ病の診断に必要な症状が含まれているが,2日〜2週間しか持続しない。月経前不快気分症候群は,抑うつ気分,不安,および活動に対する関心の減退を含むが,それは,ほとんどの月経周期において黄体期に始まり月経開始後数日以内には終わるものである。


黄疸のためのホーム救済

混合性不安-うつ病: DSM-IVではうつ病の一種とは考えられていないが,この状態は不安性うつ病とも呼ばれ,不安およびうつ病に共通する軽度の症状が同時に存在する状態を指す。経過は通常,慢性間欠性である。うつ病性障害の方がより重症であるため,混合性不安-うつ病の患者にはうつ病の治療を行うべきである。過眠性うつ病を伴う強迫観念,パニック,および社会恐怖は双極Ⅱ型障害を示唆する。

診断

診断は上記の症状および徴候の同定に基づいて行う。スクリーニング用に複数の簡易質問紙検査がある。こうした検査は一部の抑うつ症状を明らかにするのに役に立つが,単独で診断に用いることはできない。具体的な多肢選択式の質問は,大うつ病のDSM-IV診断基準で必要とされる症状の有無を判断するのに役立つ。

重症度は,苦痛および機能障害(身体的,社会的,および職業的)の程度により決定される;症状の持続期間も重症度の決定に役立つ。自殺のリスク(自殺念慮,計画,または自殺企図― 自殺行為を参照 )がある場合には,障害が重度であることを示している。医師は患者に穏やかに,しかし率直に,自分自身や他人を傷つける考えや計画をもっているかどうか聞くべきである。精神病および緊張病の存在は,重度のうつ病であることを示している。メランコリーの特徴は,重度または中等度のうつ病であることを示す。身体疾患,物質乱用障害,および不安障害の併発により重症度が増すことがある。

うつ病性障害に特徴的な検査所見はない。まれに,大脳辺縁系-間脳機能障害に関する検査が適切あるいは有用なことがある。これには甲状腺刺激ホルモン放出ホルモン(TRH)刺激検査,デキサメタゾン抑制検査(DST)および急速眼球運動(REM)潜時を調べる睡眠時EEGなどがあり,うつ病性障害においてときに異常を示すことがある。これらの検査の感度は低く,特異度の方が高い。PET検査では,背側前頭葉における脳内グルコース代謝の低下と,扁桃体,帯状回,および膝下野(いずれも不安の調節にかかわる)における代謝上昇を示すことがある;これらの変化は治療が奏効すると正常化する。

臨床検査は,うつ病を引き起こす身体疾患を除外するために必要である。検査には,CBC,甲状腺刺激ホルモン濃度,ならびに通常の電解質,ビタミンB12,および葉酸濃度が含まれる。不法薬物に関する検査が適切なこともある。

抑うつ性障害は意気消沈と区別されなければならない。他の精神疾患(例,不安障害)が抑うつと似ていたり,診断を不明瞭なものにすることがある。ときには複数の障害が存在することもある。大うつ病(単極性障害)と双極性障害(気分障害: 双極性障害を参照 )の鑑別も必要である。

高齢患者では,うつ状態による認知症(以前は仮性認知症と呼ばれた)として現れることがあり,それは認知症の多くの症状と徴候,すなわち精神運動遅滞や集中力の低下を引き起こす(せん妄と認知症: 認知症を参照 )。しかしながら,初期の認知症よりうつ状態が生じることもある。一般的に診断が不確かな場合は,うつ病性障害の治療を試みるべきである。

気分変調などの慢性のうつ病性障害は物質乱用障害との鑑別が難しいことがあるが,それは,特にこれらの障害が共存する可能性があることと,相互に影響する場合があるためである。

抑うつ症状の原因として,身体疾患も除外されなくてはならない。甲状腺機能低下症はしばしばうつ病の症状を引き起こし,特に高齢者に一般的にみられる。パーキンソン病は特にうつ病に類似した症状を呈することがある(例,エネルギーの喪失,無表情,寡動)。この疾患を除外するためには詳細な神経学的検査が必要である。

予後と治療

治療により症状はしばしば寛解する。軽度のうつ病には,全般的支援と精神療法による治療が行われることがある。中等度から重度のうつ病には,投薬,精神療法,またはその両方と,ときに電気痙攣療法による治療が行われる。患者によっては2種類以上の薬,すなわち薬の併用が必要となる。症状の改善には,1〜4週間の処方薬投与が必要と思われる。特に2回以上エピソードを経験している患者の場合は,うつ病が再発しやすい;そのため,重症例ではしばしば長期にわたる維持薬物療法が必要となる。

うつ病患者の大部分は外来で治療される。顕著な自殺念慮のある患者で,特に家族の支援を欠く場合には,精神病症状または身体的衰弱を示す患者同様,入院が必要である。

物質乱用障害患者における抑うつ症状は,しばしば物質使用中止後数カ月以内に消失する。原因として身体疾患または中毒が考えられる場合は,まずその疾患に対して治療を行う。診断が疑わしい場合,または症状により生活に支障を来すか,自殺念慮または絶望感がある場合には,抗うつ薬または気分安定薬が有用なことがある。

初期の支援: 医師は患者を週1回または週2回診察し,支援と教育を行い,進行を監視すべきである。電話連絡は来院を補完する役目を果たすことがある。患者と家族など患者の大切な人々は,精神疾患を有するという考えを不安に感じたり,当惑していると思われる。医師が,うつ病は生物学的障害によって起こる重篤な医学的障害であり,特別な治療が必要なこと,およびうつ病はほとんどの場合自己限定的であり,治療による予後は良好であることを説明するのが有益であろう。患者と家族など患者の大切な人々には,うつ病は性格上の欠陥(例,怠惰)を反映したものではないと告げて安心させるべきである。回復への道のりにはしばしば変動があると患者に告げることで,患者は絶望感を長い目でみることができるようになり,コンプライアン� �が改善する。

単純な活動(例,散歩,定期的な運動)と社会的相互作用を徐々に増やすよう患者を励ます一方で,活動を避けたいという患者の欲求を認めることも必要である。医師は患者に自分を責めないようアドバイスし,暗い考えは病気の一部であり,いずれは消え去るものだと説明してもよい。

精神療法: 個人精神療法は,しばしば認知行動療法(個人または集団)を単独で行うのが,軽度のうつ病に有効であることが多い。認知行動療法は,うつ病患者の不活発で自滅的な精神的構えと闘うために,次第に用いられるようになってきている。しかしながら,認知行動療法は中等度から重度のうつ病の治療に抗うつ薬と併用して用いる場合に最も有用である。認知行動療法は,適応的な行為を妨げる認知の歪みを取り除き,患者が社会的役割や職業上の役割を徐々に再開するよう促すことにより,対処技術を改善し,支援と指導がもたらす利益を増大させると考えられる。カップル療法は,夫婦間の緊張と不和を和らげるのに役立つ場合がある。長期の精神療法は,長期にわたる対人的葛藤を有する患者や短期療法に不応性の患者を除いて不必� ��である。

選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI): これらの薬物はセロトニン(5-ヒドロキシトリプタミン[5-HT])の再取り込みを阻害する。SSRIにはシタロプラム,エスシタロプラム,フルオキセチン,フルボキサミン,パロキセチン,セルトラリンなどがある。これらの薬物は同じ作用機序をもつが,その臨床特性には違いがあるので選択が重要になる。SSRIは治療域が広く,投与は比較的容易で,用量の調整はほとんど必要ない(フルボキサミンを除く)。


処方減量薬ゼニカル

SSRIはシナプス前5-HT再取り込みを阻害することにより,シナプス後5-HT受容体を刺激する5-HTを増加させる。SSRIは5-HT系に対し選択的に作用するが,種類の異なる5-HT受容体に対する特異性はない。したがって,5-HT1受容体を刺激して抗うつ作用および抗不安作用をもたらす一方で,5-HT2をも刺激して一般的に不安,不眠,性機能不全を引き起こし,5-HT3受容体を刺激して一般的に悪心と頭痛をもたらす。このように,逆説的だがSSRIは不安を軽減し,かつ惹起できる。

少数の患者では,SSRIの投与開始または増量後1週間以内に,激越,抑うつ,不安が増強するように思えることがある。患者と家族など患者の大切な人々にはこの可能性について警告し,治療によって症状が悪化した場合は医師に電話するよう指示すべきである。一部の患者によって,特に低年齢の小児や青少年では,激越,抑うつの増大,および不安を感知して直ちに治療しないと自殺の可能性が高くなるため,この状況については厳重な監視が必要である。最近の研究で,小児や青少年はSSRIを投与された最初の数カ月間,自殺念慮,自殺のそぶり,自殺企図を生じる割合が高いことが明らかになった(同様の懸念はセロトニンモジュレータ,セロトニン-ノルエピネフリン再取り込み阻害薬,およびドパミン-ノルエピネフリン再取り込み� �害薬にもあてはまる);医師はこのリスクと臨床的必要性のバランスをとる必要がある。

性機能不全(特にオルガスム達成困難,さらにはリビドー減退と勃起不全)が患者の3分の1以上で起こる。ある種のSSRIは体重増加を引き起こす。その他のもの,特にフルオキセチンは最初の数カ月間に無食欲をもたらす。SSRIには抗コリン作用,抗アドレナリン作用および心伝導作用がほとんどない。鎮静は軽微か,または認められないが,一部の患者では,投与初期の何週間か昼間に眠くなる傾向がある。患者によっては軟便または下痢が生じる。

薬物相互作用は比較的まれである;しかしながらフルオキセチン,パロキセチン,フルボキサミンはCYP450アイソエンザイムを阻害する可能性があり,そのため重篤な薬物相互作用が起こることがある。例えば,フルオキセチンとフルボキサミンは,プロプラノロールやメトプロロールといったある種のβ遮断薬の代謝を阻害し,低血圧と徐脈を惹起する可能性がある。

セロトニンモジュレータ(5-HT2遮断薬): これらの薬物は主として5-HT2受容体を遮断し,5-HTおよびノルエピネフリンの再取り込みを阻害する。セロトニンモジュレータには,ネファゾドン,トラゾドン,およびミルタザピンがある。セロトニンモジュレータは抗うつ作用と抗不安作用をもつが,性機能不全は起こさない。ほとんどの抗うつ薬とは異なり,ネファゾドンはレム睡眠を抑制せず,安らかな睡眠をもたらす。ネファゾドンは肝の薬物代謝酵素を顕著に阻害する可能性があり,肝不全との関連が言われている。

トラゾドンはネファゾドンの近縁であるが,シナプス前5-HT再取り込みを阻害することはない。ネファゾドンとは異なり,トラゾドンは持続性勃起を引き起こし(1000人に1人の割合),α1-ノルアドレナリン遮断薬として起立性(体位性)低血圧を引き起こすことがある。鎮静作用がきわめて強いため,抗うつ薬として使用する場合には用量が制限される(> 200mg/日)。トラゾドンは不眠のあるうつ病患者に,就寝時50〜100mg投与されることが最も多い。

ミルタザピンは5-HT再取り込みを阻害し,α2-アドレナリン自己受容体ならびに5-HT2および-HT3受容体を遮断する。その結果,性機能障害や悪心を伴うことなく,セロトニン系の機能効率を上昇させ,ノルアドレナリン系の機能を増強する。ミルタザピンは,心機能に対して有害な影響を及ぼさず,肝の薬物代謝酵素との相互作用もわずかで,H1(ヒスタミン)遮断による鎮静および体重増加以外は,一般的に忍容性は良好である。

セロトニン-ノルエピネフリン再取り込み阻害薬: これらの薬物(例,ベンラファキシン,デュロキセチン)は,三環系抗うつ薬と同様,5-HTおよびノルエピネフリンに対する二重の作用機序を有する。しかしながら,その毒性はSSRIとほぼ同等であり,最初の2週間に最もよくみられる問題は悪心である。ベンラファキシンはSSRIに比べていくつか利点をもっている:それは,一部の重度または難治性うつ病の患者により有効であると思われること,また,高度な蛋白結合性がなく,肝の薬物代謝酵素との相互作用が実質的にないため,他剤併用時にほとんどリスクがないことである。しかしながら,薬物を突然中止すると離脱症状(易刺激性,不安,悪心)がしばしば起こる。デュロキセチンはその有効性と副作用においてベンラファキシンと似ている。

ドパミン-ノルエピネフリン再取り込み阻害薬: 明確には理解されていない機序により,これらの薬はカテコールアミン系,ドパミン系およびノルアドレナリン系機能に有益な影響を及ぼす。これらの薬物は5-HT系には作用しない。

ブプロピオンは現在このクラスにおける唯一の薬剤である。これは,注意欠陥多動性障害またはコカイン依存性を有するうつ病患者,および禁煙を試みている患者に有用である。ブプロピオンはごく少数の患者に高血圧を引き起こすが,循環器系に対するその他の作用はない。ブプロピオンは,>150mg,1日3回(または徐放剤[SR]>200mg,1日2回,もしくは時間延長型放出制御剤[XR]>450mg,1日1回)を投与されている患者の0.4%で発作を起こす可能性がある;大食症患者ではリスクが増大する。ブプロピオンはCYP2D6肝酵素を阻害するが,性的な有害作用はなく,併用薬との相互作用は少ない。一般的にみられる激越は,徐放剤または時間延長型放出制御製剤を用いることによりかなり減弱する。ブプロピオンは,近時記憶の喪失を用量依存 的に起こすことがあるが,これは減量により回復する。

複素環系抗うつ薬: この薬物群はかつては治療の中心であったが,これには三環系抗うつ薬(第三級アミン類であるアミトリプチリンおよびイミプラミン,ならびにそれらの第二級アミン代謝物であるノルトリプチリンおよびデシプラミン),改良型三環系抗うつ薬および四環系抗うつ薬が含まれる。急性には,これらの薬物はシナプス間隙における再取り込みを阻害することにより,主としてノルエピネフリンの,またある程度は5-HTの利用性を高める。長期使用では,シナプス後膜上のα1-アドレナリン受容体の発現を抑制するが,これがこれら薬物の抗うつ活性の最終的な共通経路である可能性がある。これらの薬物は効果的ではあるが,過量投与により毒性が生じ,副作用も他のものより多いため,現在ではほとんど使用されない。複素環系抗うつ薬のより一般的な有害作用は,それらのムスカリン遮断,ヒスタミン遮断,および抗α1-アドレナリン作用によるものである。多くの複素環系抗うつ薬は強い抗コリン性を有し,このため,高齢者および良性の前立腺肥大症,緑内障,または慢性の便秘がある患者には適さない。全ての複素環系抗うつ薬,特にマプロチリンとクロミプラミンは,発作の閾値を下げる。


モノアミン酸化酵素阻害薬(MAOI): これらの薬物は,3種類の生体アミン(ノルエピネフリン,ドパミンおよび5-HT)および他のフェニルエチルアミン類の酸化的脱アミノ化を阻害する。MAOIは,正常な気分にはほとんど全く影響を及ぼさない。その主要な価値は,他の抗うつ薬が無効な場合(例,SSRIが無効な非定型うつ病)に有効であるということである。

米国において抗うつ薬として市販されているMAOI(例,フェネルジン,トラニルシプロミン,イソカルボキサジド)は非可逆性かつ非選択性である(MAO-AおよびMAO-Bを阻害する)。交感神経様作用薬またはチラミンもしくはドパミン含有食品を同時に摂取すると,高血圧クライシスを引き起こすことがある。熟成したチーズはチラミン含量が多いため,この作用は「チーズ反応」と呼ばれている。この反応が懸念されるため,MAOIはあまり用いられない。より選択的で可逆的なMAOI(例,モクロベミド,ベフロキサトン)はMAO-Aを阻害するが,米国では認可されていない;これらは,上記の相互作用が比較的少ない。高血圧クライシスおよび熱分利を防止するために,MAOIを服用する患者は交感神経作用薬(例,プソイドエフェドリン),デキスト ロメトルファン,レセルピンおよびメペリジン,ならびにモルトビール,キアンティワイン,シェリー,リキュール,チラミンまたはドパミンを含む熟れすぎの食品(例,バナナ,ソラマメなどの豆類,酵母抽出物,缶詰のいちじく,レーズン,ヨーグルト,チーズ,サワークリーム,しょうゆ,ニシンの酢漬け,キャビア,肝臓および非常に柔らかくした肉)を避けるべきである。患者はクロルプロマジンの25mg錠を携帯し,こうした高血圧反応の徴候が生じたら直ちに1〜2錠を服用し,最寄りの救急部門に行くべきである。

一般的な有害作用には,勃起不全(トラニルシプロミンが最も少ない),不安,悪心,めまい,不眠,足の浮腫,体重増加などがある。MAOIは,他の種類の抗うつ薬と併用すべきでなく,2種類の薬物の使用の間に少なくとも2週間(半減期の長いフルオキセチンについては5週間)を置くべきである。5-HT系に影響を及ぼす抗うつ薬(例,SSRI,ネファゾドン)とMAOIを併用すると,神経遮断薬悪性症候群(悪性高熱症,筋崩壊,腎不全,発作および結果的な死亡― 精神的な訴えがある患者へのアプローチ: 抗精神病薬の副作用を参照 )をもたらす可能性がある。MAOIを服用しており,抗喘息薬,抗アレルギー薬,局所麻酔薬または全身麻酔薬も必要な患者は,精神科医および神経精神薬理学の専門知識をもつ内科医,歯科医または麻酔医が治療を行うべきである。

薬物の選択と投与: 薬物の選択は,特定の抗うつ薬に対するこれまでの反応によって決定されよう。それ以外の場合は,SSRIが最初の選択薬となる。種々のSSRIは典型例に対して同等に有効であるが,薬物の特性によってそれぞれの患者にどの程度適しているかが決まる( 気分障害: 抗うつ薬 表 2: )。

あるSSRIが無効の場合,別のSSRIで代替することもできるが,異なる種類の抗うつ薬のほうがより有効であると思われる。高用量(20〜30mg,経口にて1日2回)のトラニルシプロミンは,他の抗うつ薬を順次試みて奏効しなかったうつ病にしばしば有効である;トラニルシプロミンは,MAOIの使用経験を積んだ医師により投与されるべきである。難治性症例では,患者と家族など患者の大切な人々に対する心理的支援が特に重要である。

SSRIの一般的な副作用である不眠は,用量を減量することにより,あるいは低用量のトラゾドンまたは鎮静作用をもつ別の抗うつ薬を加えることで治療する。初期に発生する悪心および軟便は通常消失するが,拍動性頭痛は常に消失するとは限らないので,薬物の種類を変える必要がある。激越(フルオキセチンで最もよくみられる)が生じた場合は,SSRIを中止すべきである。SSRI療法中に性衝動の減退,インポテンスまたは無オルガスム症が生じた場合には,減量が有用なことがあり,あるいは他の種類の薬物へ切り替えることも可能である。

SSRIは,多くのうつ病患者に刺激を与える傾向があるため,朝に投与すべきである。通常,就寝時に複素環系抗うつ薬の全用量を投与することで鎮静薬は不要になり,昼間の副作用を最小限にし,コンプライアンスも改善する。過度の刺激を避けるために,MAOIは通常朝と午後早めの時間に投与される。

ほとんどの種類の抗うつ薬の治療効果は通常約2週間から3週間で生じる(早ければ4日間,遅ければ8週間)。軽度または中等度のうつ病の初回エピソードの場合には,抗うつ薬を6カ月間投与し,その後2カ月かけて漸減する。エピソードが重度もしくは再発の場合,または自殺のリスクがある場合には,完全寛解をもたらす用量を維持期にも継続投与すべきである。精神病性うつ病については,最大量のベンラファキシンまたは複素環系抗うつ薬(例,ノルトリプチリン)を3〜6週間投与してもよい;必要に応じ,抗精神病薬(例,リスペリドンは0.5〜1mg,経口にて1日2回から開始し,4〜8mg,1回/1日まで漸増,オランザピンは5mg,経口にて1回/1日から開始し,10〜20mg,1回/1日まで漸増,クエチアピンは25mg,経口にて1日2回から開始し,200〜375mg ,経口にて1日2回まで漸増)を追加できる。遅発性ジスキネジアのリスクを低減するために,医師は抗精神病薬を最低有効量で投与し,できる限り速やかに中止すべきである。

再発を防ぐために,通常,抗うつ薬による治療を6〜12カ月間(50歳超では2年まで)継続する必要がある。大部分の抗うつ薬,特にSSRIは突然中止するのではなく,徐々に減量(約25%/週の減量による)すべきである;SSRIを突然中止すると,セロトニン作動性症候群(悪心,悪寒,筋肉痛,めまい,不安,易刺激性,不眠,および疲労)が生じることがある。

薬草を用いる患者もいる。データには矛盾があるが,セイヨウオトギリソウ(栄養補助食品: セイヨウオトギリソウを参照 )は軽度のうつ病に有効な場合がある。セイヨウオトギリソウは他の抗うつ薬と併用すると相互作用を示すことがある。

電気痙攣療法(ECT): 自殺の危険がある重度のうつ病,激越もしくは精神運動遅滞を伴ううつ病,または妊娠中のうつ病は,薬物が無効である場合,しばしばECTによる治療を行う。ものを食べなくなった患者については,死亡を防ぐためにECTが必要なことがある。ECTは精神病性うつ病にも有効である。通常,6〜10回のECTで劇的な治療効果が得られ,救命効果もあると考えられる。ECT後の再発はよくみられるため,ECT終了後は薬物療法を継続することが多い。

光線療法: 光線療法は季節性うつ病の患者に用いられることがある。治療は,家庭で2500〜10,000ルクスを30〜60cmの距離から30〜60分/日(光源がそれほど強くない場合はさらに長く)照射するのがよい。夜遅く寝て朝遅く起きる患者の場合,光線療法は午前中が最も効果的で,ときには午後3時から7時の間に5〜10分の暴露を追加するとよい。早く寝て早く起きる患者の場合は,光線療法は午後3時から7時の間に行うのが最も効果的である。

最終改訂月 2005年11月

最終更新月 2005年11月



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