私が、インナー・チャイルド・ワークに分類されるCo-Dependency(コ・デペンデンシィ)セラピーを受けたとき、参加メンバーはインターナショナルでした。 そのとき、何人かの西洋人から「日本人にこのセラピーが向いているとは思えない」という意見を聞きました。繊細な日本人には強烈過ぎるというのが理由らしいです。 私は子供という時代を過ごした人ならば誰でも老若男女・国籍・文化などに関わらず自分自身を知るために受けてみるといいのではないだろうか…と思っています。
コ・デペンデンシィのセラピーは、次のような対人関係のいずれかで悩んでいる人に勧められると言います。
- 自分はいつもいい子/悪い子でいる。
- 自分は暴力をふるわれても、仕方が無いと思っている。
- 自分は何の役にも立たないと思っている。
- いつも相手が去っていく。
- 自分に好意を示す相手を無視してしまう。
- 相手を喜ばせようとして、いつも失敗する。
- 自分から別れを持ち出せない。
- いけないことだと思いながら、暴力をふるってしまう。
- 別れ話がでそうなときに、いつも病気になったり事故を起こす。
- 自分が思っても見ないような皮肉を相手に浴びせてしまう。
- それをやめたいと思っているにもかかわらず、やめられない。
- パートナーが変わっても同じところで行き詰まってしまう。
そう、そうなのよっ!私はずーっっとそれで悩んでいたの。これがなんとかなるなら、セラピー受けてみたいわっ!と言う人も多いのではないでしょうか。
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このワークは自分の中に隠しておいた、無意識のうちにでも忘れようとしてきた「痛み」や 「苦しみ」に直面するエクササイズも多くあります。自分が受けた虐待、いやがらせ、 を見るかもしれません。誰かが原因ということもないが、深い深い悲しみや、絶望感が 表面に現れてくるかもしれません。そして反対に、自分が受けた虐待やいやがらせをそっくりそのまま誰かにしてきたことを見るかもしれません。 自分のことを「そこそこいい人」と信じていた人は、まさか自分がそんな人間だったなんて!とショックを受けるかもしれません。
実際のところ、セラピーの途中でリタイアしてしまった人も何人かいます。
「傷ついた」と、言葉ではとても簡単に言えます。 本当に傷ついた経験のある人はもう一度、それを再体験するとなるとしり込みするのではないでしょうか。なんといっても、その痛みのせいで自分の人生が変わってしまったくらいなの ですから。私が言う、準備ができているというのは、実際のところ「自分の感じる痛みから逃げ出さないでいられるなら」ということになるのかもしれません。
「それでも私は知りたい」という人は、ぜひ、このセラピーを吟味してみてください。きっと何か新しい発見があるでしょう。
これらのセラピーを受けるとき、痛みや苦しみから逃げるために マインドは巧妙に他の問題を作り上げて、そちらへ関心を向けようとすることがあります。
自分の抱える問題は、自分が育ってきた家族や社会からの影響が多くあります。 大人にとっては、ほんの些細なことでも子供にとっては「サバイバル」だったりすることも あります。だから、自分がどう感じるかのエクササイズが「なんで親はそんなことをしたのか」とか 「傷つかないように子供を育てるにはどうしたらいいのか」とかの問題へ移行してしまうことも ありえます。
手で女の子を刺激する方法
見なければいけないのは、 "私は" その状況で "どう感じ"、"どう行動した"のかです。
"親"や"未来の子供"や、"社会"を主語にすることは、自分から関心を外側に移している ことに他なりません。
相手がそんなつもりがなかったとしても、また状況としてどうしようも なかったとしても、容赦なく子供は「傷ついてしまう」可能性があります。私の場合は、 母親の入院がひとつの大きなポイントになっていました。母親の不在は、小さな子供にとって 生きるか死ぬかという次元にもなりえるのです。そのときの入院は 緊急を要するもので、子供の都合で入院をやめていたら母親の命はそこで終わっていたでしょう。 そして、母親が命を失っていたら、その子供はそれを理由に「傷ついてしまう」かもしれません。 だから原因を知ることは大切ですが、原因をなくそうと思ってもそれはとても難しいし、 すでに起こってしまったことを変えることはできない、ということを理解しておく必要がある と思います。
子供を想像するどのくらいの時間がかかるのでしょうか?
私はインド・Puneで、このセラピーのパート1を99年に、そしてパート2を2000年という 具合に受けました。このセラピーをリードしたのはパート1ではアメリカ人の男性とドイツ人の女性、 パート2ではアメリカ人の男性のみでした。(リーダーは男女2名がいいと言われていますが、 いろいろと事情もあった様子です) パート1、パート2を連続して受ける人もいますが、私には時間的な余裕がなかったため、 分けて受けるしかありませんでした。パート1を受けた後に1年の間隔を空けることをうまく 活用できたら、より深い理解がやってくるかもしれません。
パート1のエクササイズでは、自分の内側に息づいている子供を見つけることから始まります。 または、自分の人生で繰り返しやってきたパターンはいったい何かということを知るための エクササイズもあります。みんな長年悩んでいたポイントなので、「知る」と同時に衝撃も 大きい様子です。 私は「うすうす知っていたけど…、そうだったのか」という思いと「何年も何年も、いったい 私は何をしていたのだろう」という気持ちで、ものすごい脱力感を感じました。
この時点でどうしても、それを認められない人がいるかもしれません。
私がそこで見つけたのは、なにが原因で子供の頃傷ついたのか、子供なりにどうやって 傷つかないように戦ったり、策略を練ったりしていたのか、ということでした。 そしてその子供時代のパターンが、それからずっと今にいたるまで続いていました。 その時の痛みが大きければ大きいほど、今の自分の行動に影響を与えています。
パート2では、親、教師、社会から何を受けて、自分がどう反応するのか、その反応を パートナーがどう感じるのか、といった一連の動きを見ました。自分が本当は何を欲しいと 思っているのか、それをなぜ言えないのか、人から何をされるとイヤなのか、なぜイヤなと きに嫌と言えないのか…。 エクササイズの後にたくさんのシェアリングをしました。それによって、より自分の 感じたことがクリアになっていきます。
私にとっては、パート1では自分にフォーカスし、パート2は自分と一緒にまわりも見るとい うものでした。このセラピーを受ける前は、ほとんど意識していませんでしたが、 相手が態度を変えたら、または究極のところ相手を変えたら、 思い通りの関係性が得られるのでは…という思いをどこかに抱えていました。
つまり「あの人がパートナーだったから、ダメだったのよ」「世の中は広いんだから、どこかにきっと 私にピッタリ合う人がいるはずよ」という「白馬の王子様願望」を持っていたわけですね〜。 (言ってて恥ずかしい〜〜〜)
でも、エクササイズを通して、結局は私の行動が相手を刺激して 同じような反応が返ってくるんだということに気が付きました。 つまり、自分が同じである限り、相手が何人変わっても起こることは 「とてもよく似ている」という理解です。人を変えることはできないといいます。 そしてたとえ自分自身でも無理に変えることはできません。なぜなら、こう変われば すべて解決するという完璧な答えはどこにもないからです。
では私たちはどうしたらいいのでしょうか?
隣に座っている人は、私たちと違った子供時代をすごしています。兄弟姉妹でも、 その立場によって同じ家庭、同じ両親、同じ地域に育っても感じるものは全く 違います。「お姉ちゃんなんだから…」と言われて育ったり、「弟のくせに生意気」 と言われていたり、何をやっても「ええ子じゃのぅ」と言われてご褒美をもらって いたり、「男の子がメソメソ泣くんじゃない」と泣くことを止められたり。
泣くことで愛情を得ていたかもしれません。いい子と言われるように無理をしていた かもしれません。お姉ちゃんだから、お兄ちゃんだからずっと我慢をしていたかも 知れません。
そんな私たちに「1+1=2」のような答えはありません。
今まで裏返しになっていた数多くのカードを、一枚、一枚、表に返して、 そこで「考える」ことが答えではないでしょうか。 だから100人の人がいたとしても誰もが同じ答えを得ることはできません。 また、その答えは誰かが一言で与えられるような、外側から来るものではなく、 自分の内側からやってくることでしょう。
今も私はプロセスの途中です。古いパターンに陥ってしまうこともあります。 うまく、ギャップをつかんで行動を選択することができることもあります。 うまくできたら自分を誉めて、古いパターンに陥ったら「よし、次は」と思うように しています。
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